仙台の人と街を応援する企業家組合


by crosby2
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魅力的な坂本龍馬は

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今年の1月3日にBSジャパンで「龍馬の暗号・最後の手紙隠された謎!?」が放映された。
加治将一氏の『あやつられた龍馬』(祥伝社)を基とした番組らしい。

フリーメイスンが裏で暗躍しているように書かれているそれは大変興味深く、その後の三菱創始者の岩崎弥太郎やグラバー邸を三菱が買取った事を考えると面白い符号です。 新しい着眼点は、イギリスの商社や対極東政策にかかわる外交という線からの目線である。 英国公使はパークスは、彼が武力倒幕の勢力と、坂本竜馬が象徴する平和的政権移譲を企てる一派という異なる両派に対していい顔をするダブルスタンダードで、日本側に接触していたという点が新しい説として大変興味深い。

イギリス側のエージェントとしてトーマス・グラバーと、アーネスト・サトウが脇を固めるが、その日記は膨大でそれらを読み解き時系列で事件や出来事と符合させる点が大変面白い。
グラバーは竜馬に接近して、どちらかというと平和的な政権移譲側に付いており、サトウは武力倒幕派に付いていたという説も日記からの引用で良い視点であると想う。 サトウはパークスの通訳という立場であったが、武力倒幕派を手駒として使っており、彼は日本を内戦状態に陥れようとしていた、というのはあながち嘘ではなさそうなのである。 それは、直接的にイギリス製の武器を売りつけて、利を挙げることであり、間接的には、分裂した日本をあやつることのほうが、統一されている日本をあやつるよりも容易だからである。
東インド会社との共同歩調でこの戦略は中東あるいは中国を含む極東インドを植民地化していくさいに使ったイギリスの手口である。
唯一日本だけが無血開城という離れ業をやって、国内の統一を守り、列強のつけ込む隙を与えなかったことが、植民地化を免れた大きな理由であったと想われるのだが、 勝海舟を中心する開明派の意図する構図での政権移譲となったわけだ。
勝海舟の側に、坂本竜馬、そして西郷隆盛がいたことが日本を救ったのかもしれない。 そして、大久保利通や岩倉具視をはじめとする武力倒幕派は日本を危うくすることを紙一重の差で救った立役者だが、 しかしながら、大久保や岩倉らが明治政府の頂点に立ったことで、坂本竜馬らが夢見ていた日本は実現できなかった、とも言えないだろうか。
坂本竜馬の暗殺によって利益を得た者は、大久保らであり、西郷隆盛は、その後、失脚していくことになる。 この暗部にこそ、現代日本の現状につながる特殊日本的なる部分が潜んでいると思える。
つい先ごろまでの日本の政治や官僚機構の中に薩長閥が厳然の支配力を保ち、永らえてきたこと、ここに日本的な抑圧権力が潜んでいる。しかも、国民の多くはそれを消極的に肯定している。 だれもが知っていることであるように想う。
勝海舟、坂本竜馬たちに見えていたものが、現代の政治家の多くには見えなくなったように思えてならない。

アーネスト・サトウの『一外交官の見た明治維新』を見ると、この男が日本人を小馬鹿にしている文面が多く所在する。 サトウは竜馬と土佐藩の夕顔丸で会ったことがあり、彼の日記では、竜馬と激しく対立し、竜馬を悪魔のような恐ろしい顔したと記している。
それは、1868年(慶応3年)8月6日か7日のことであり、その年の12月10日に竜馬は暗殺された。 武力による倒幕を進めたいサトウにとって武力倒幕の邪魔になった竜馬は生きていてはならない存在となったことは間違いない。 これが同番組が、加治氏の新主張を通して示す、竜馬暗殺の真相であった。
この推理が正しいかどうかは今となっては曖昧模糊だが、中岡慎太郎説は斬新だ。
竜馬という人物が好きな多くの日本人は、他の説で納得するのであろうが、私はこの説が面白いといえば語弊があるが納得の説である、と言う事は確かである。

竜馬が暗殺されたという事実はその後の日本の政治にあっては黙殺されていた。
暗殺や経緯、主犯の説の多くは伝聞や意図的な操作、或いは小説をモチーフとした説が通説として語られて入るが、そのどれもが今回の説は異なる視点で語られている。

開国と経済、植民地と覇権。イギリスの視点観点ばかりではなく、オランダや米国の視点と記録、事実と証言を基とすれば、今幾許かの事実としての史実が垣間見えてくるやもしれない希望を旨に、たった140年前の歴史が戦勝の藩や軍、関係者の視点ばかりではなく語られ、本意として事実として知るのは現代を生きる我々の使命でもあり、念願でもあり未来への資産となり得るのではなかろうか。
そんな事を考えると、この加地将一氏の視点と切り口は面白い、興味深い符号として語られるであろう。仮に、エンターテインメントで、あろうが、、、
本文はBlog等からの引用に独自の解釈を加筆したものです。
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坂本龍馬の墓   護国神社   京都市東山区
坂本龍馬と中岡慎太郎の墓は、隣り合って並んで立っている。向かって左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎である。
加地将一氏の説が本当ならば坂本龍馬はいま、何と想うのだろうか。自分の墓の隣に自らを死に至らしめた張本人がいるのだから。
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by crosby2 | 2010-01-04 00:29 | 散文