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仙台の人と街を応援する企業家組合


by crosby2
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jazz-friends.com

jazz-friends.com/
このジャズフレンズ ドットコムのサイトにCrosbyが登録されました。
ジャズに関する様々な情報(新譜 ジャズライブ情報 etc...)が満載で一見の価値ありです。

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すみません、リンクはれない状態みたいです。下のアドレスをコピペして飛んでってくださいませ。
http://www.jazz-friends.com/index.html
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by crosby2 | 2009-06-19 19:32 | Top

 蔵王坊平JAZZ MEETING 2009

今年の夏もCrosby一同は 蔵王坊平JAZZ MEETING 2009を全面的に応援します!!!
当店でもチケットを発売中!!

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by crosby2 | 2009-06-15 23:10 | jazzyな仲間達
一部雨でしたが、おおむね良好な天気のもと、ジャズプロムナード in 仙台 2009
が6月13日(土)14日(日)の両日に渡り開催された。
多くの仲間や、支援者、先輩後輩、お世話になった斉テントの斉 南社長 清野学園の清野さんなど沢山の想いを受けての大成功、本当に感謝しきれない。ありがとうございました。
こんな手作りの素敵なイヴェントが未来に向けてずっと続く事を切に祈っております。

スタッフの皆様 本当にご苦労様でした。
試行錯誤の連続、ご苦労を、神は見ていたのでしょう!! 多くの来場者を得て大成功でした。
お客様へも感謝です。多くの来場者の中、見つけれた方々の中から写真をお撮りできた
中の、ほんの一端を掲載致します。

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by crosby2 | 2009-06-15 20:21 | 写真等

これがいい!!

デジタルメモ「ポメラ」モニター募集はこちら
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気になる!!このポメラなるやつは。
テキスト入力に特化した文章入力マシーン!!
是非使ってみたい。誰か使用している人は居ないかなー?
聞いてみたい 使い心地 使用感 使い勝手
うーん、誰か貸してっ!!
小説とか 書いてみたいな 本当に!
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by crosby2 | 2009-06-14 01:37 | 散文

カメラの目 犯人の顔!

月曜日に店に来てみて驚いた。
ジャズプロムナードのポスターは剝がされて、
ステッカーが無下に悪戯されて
別の支援しているイヴェントのポスターはにステッカーが貼られたり、はがされたり、

休日のお知らせも剝がされて無惨に!

早速 防犯カメラのチェックをしたら、なんと犯人が映っていた!!
私には確信がある!この犯人の顔が!
(このごろの防犯カメラは、どこに設置しているかわからないし、ずば抜けて性能が良い)

なぜこんな事をするのか!!怒りが込み上げたが、
酔客の戯言と酔狂と捨て置いた!同じ土俵に上がるのがむなしい。

次にこの犯人が同じ事や別の犯行を繰り返したりしたら、
防犯カメラの映像を出そう。

早々に忘れよう!ジャズを聴き乍ら
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by crosby2 | 2009-06-14 00:02 | 散文
ご当地、仙台宮城は選挙イヤーだ。
7月の仙台市長選挙
衆議院総選挙をはさんで秋には宮城県知事選挙と続く。

裁判で●松の社長が証言して、天の声を得る為に政治資金団体を設立し迂回して政治献金をしていた由。ご当地の利権まで押さえてしまうのはいかがなものか。ご当地の政治家が奇麗な身体のかは別として、利権を巡る政治と企業の癒着は我々には無縁の話ではあるが、いずれ回り巡り多額の税金が使用されると言う点では決して見逃しては行けない存在である事には間違いない。

汚職事件よりお食事券をくれっ!つて言う感じかな実感は。まったく。

我々庶民には、数千万だの数億だのの金が動き、プールされ、政党や個人の政治活動の資金や、ましてや個人の蓄財や不動産の取得に向かう事が、本当の意味で必要で合法であり、なおかつその資金や流れが政治を良くする、市民を良くする地域を良くする事になるのであろうかと、危惧し、絶望する。そんな政党と政権を心待つ市井の市民はまたしても裏切られた、と言う事になりはしないか。

下の写真は気にしないでください。ほんの戯れでして。

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by crosby2 | 2009-06-13 21:57 | 写真等
第1回目のクリエイティブカフェ仙台をせんだいメディアテーク1階オープンスクエアにおいて開催し、68名のお客様にお越しいただきました。
 
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出演 
千葉 富士男 氏  ジャズライブハウスCrosbyオーナー
鈴木 真一 氏   forestnauts records代表
三浦 裕典 氏   NO DOUBT tracks代表
コーディネーター 
榊原 光裕 氏    音楽家、ピアニスト

 今、地方を音楽活動の拠点とし、地方に暮らしながらメジャーデビューがあたりまえとなりつつあります。そのような中、地方のアーティストは、いかにオリジナリティーを磨き、発信しようとしているのかなど、地方のミュージックシーンの「今」と「これから」について、コーディネーターに音楽家でピアニストの榊原光裕氏、ゲストにforestnauts records代表 鈴木真一氏、ジャズライブハウスCrosbyオーナー 千葉富士男氏、NO DOUBT tracks代表 三浦裕典氏をお迎えし、語り合っていただきました。
 
 コーディネーターの榊原氏は、ミュージカルなどの作曲、ピアニストとしての演奏活動のほか、大型プロジェクトの企画・音楽監督などを手がけられ、定禅寺ストリートジャズ・フェステバルの企画などにも参加されております。

 トークに先立ちまして、コーディネーターの榊原氏から、映像によるゲストの方々の紹介等がそれぞれ行われました。

 鈴木氏は、80~90年代のサブカルチャーシーンに影響を受け、インディペンデントレーベル「forestnauts records」を設立。FreeTEMPOの数々のプロジェクト、Satokolab、RACLAのプロデュース、antennasiaのリリースを手がけられたほか、ご自身は昨年、WEEKENDERSを結成し、活動されています。

(榊原氏)
 鈴木さんは「forestnauts records」を設立されておりますが、そのきっかけや、なぜ仙台でやろうと思われたのでしょうか?

(鈴木氏)
 そうですね、僕がレーベルを設立した時も、そのつもりは全く無かったんです。とにかく、音楽に携わる仕事だったらなんでもよかった。僕は、ずっと十代のころからクラブでDJとかをしていて、その後仙台に出てきてレコード屋で働き、イベントとかを通じて音楽仲間ができました。その時が一番楽しかったかもしれないです。常にレコードとかが入荷してくるので、常に新しいものと接する事ができてすごく充実していました。

 しかし、インディペンデントレーベルと言って、一人とか二人とか少人数で小さなレコード会社を運営するというものがあるというのは当然知っていたので、当時の音楽仲間に一人で、うちのレーベルで始めてリリースすることになるアーティスト「FreeTEMPO」の半沢君の「音」を聞いた時に、「これは世に出してあげた方がいいんじゃないのかな?」と思ったんです。ただ、お金が全く無かったので、なんとかある程度の額を工面をして今の会社を設立しました。

 ある程度の金額で今の会社を作ったということも、「新しい」という気がしますが?

 そうですね、いわゆるベッドルームミュージックと言うんですけど、自分の部屋で全部作れる時代だからだと思います。CDのデザインだとか、ミックスしたり、マスタリングしたり、ということもクオリティーは別として自分の家で出来ますし、CDを作るお金とディストリビューター(販売者・流通業者)さえあれば基本的には出せる、という事があったからだと思います。
最近は、日々音楽シーンが大変な状況になっているので、売り手も売れる商品が欲しくなります。そういう意味では、当時よりも「扱ってもらえ易くなっている」と思います。だから、作り手にはいい状況にあるのかもしれません。でも、「簡単に音楽を作れてしまう」ということは、中々難しいのかなと思います。



 千葉氏は、毎日ジャズのライブを行う店として多くのファンを持つジャズライブハウス「Crosby」を経営されています。また、千葉氏はCrosbyの経営のほかにも、青葉まつり実行委員として、親と子のウォークラリー実行委員として、様々な地域の街づくりに関する活動をされています。そして、楽天球団設立時には、商工会議所仙台街づくり委員長として球団誘致に参画し、楽天マイチーム協議会設立を立ち上げ、球団とファンとの橋渡しをされています。

 千葉さんは様々な活動をなさっていますが、その活動が、千葉さんの中ではどのように、Crosbyでジャズを提供している事に結びつくのでしょうか?

(千葉氏)
 私と音楽との関わりの始めというのは、私が15,6才の頃は仙台市に当時ジャズ喫茶がたくさんありまして、朝に「学校へ行ってきます」と言ってジャズ喫茶に行くと、前の日からの演奏を終えたジャズミュージシャンたちがたむろしていました。そういう人たちと関わりを持つようになり、いつしかその人たちのバンドボーイのような事を始めました。

 そうしている間に、そういう音楽関係者の所には必ず「お大尽」といわれる人がいまして、そういうお大尽の方々は、街の文化の後ろ盾であったわけですが、仙台はそういう古い文化というのが根付いている街だったんです。その中のお大尽の中の何人かが、年々演奏する場所が無くなり、ミュージシャンたちが困窮していく中で、その「救済」というわけではないですが、そのお大尽の人たちから「おまえやっちゃいなよ」とお誘いを受けて、自分でジャズクラブを始めることになったんです。そうしている間に、元々仕事を始める前から街づくりをしていまして、街づくりというのは地域の歴史的建造物とか人材とかを「いかに活用するか」が街づくりの原点だと思うんですが、そういうことと音楽とリンクし始めて、「街に埋もれている音楽家を活用できる場を与える、作る」というのが面白くなって、店と、ミュージシャンと、他のいろんな団体と、学校なんかとも共同作業をしながら今に至ります。

 音楽を作る者、演奏する者というのは、いくら自分が「頑張って発表しよう」と思っても それだけでは成り立たないものがあって、それを支えてくれるいろいろな環境があってのことと思います。そういう点からも、千葉さんみたいな人がいらっしゃると、とても救われます。そういえば先ほど千葉さんの話の中で、「お大尽」のお話が出たのが大変興味深かったのですが、今仙台にお大尽というのはいるんでしょうか?

 実際のところ、そういう方を「救っている」というよりも、私がそういう方に「救われている」と思っています。私は、ほぼ30年間毎日生のライブの演奏を聞いていて、ちょっと聞けばその人のレベルが分かります。そういう厳しい目を持ちながら、そこに寄って来てくれている人は、私が選別しているのではなく、彼らが選別して寄って来てくれている。お互いに助け合うというか、「彼らが私に出来ない部分を担っている」という部分が多々ある。それはお互い様だなと思っています。

 「お大尽」についてですが、昔は商店や企業経営者の方というのは、お給料という感覚以外で使えたお金というのが、たくさんあったと思うんですね。今は、社長であってもお給料で生活をしなければいけない、接待交際費というものもほとんど使えない状況です。そういう状況から考えると、お大尽が出にくい状況なんです。ただ、企業が「企業メセナ」という面で文化的なものにお金を出す風潮が出来ました。そういう意味では、そういう方が昔で言うお大尽なのかなぁと思います。



 三浦氏は、LGYankeesのHIROとしてアーティスト活動され、2007年に東北から全国へムーブメントを起こすべく音楽レーベル「NO DOUBT tracks」を設立。あえて大手レコード会社ではなくゲーム事業で有名な「HUDSON」と契約し、仙台を拠点に活動。2008年には、元オフコースの小田和正をフィーチャーして「Dear Mama feat.小田和正」を発売。着うたフル第1位を獲得するなど、その名を全国に広げる。「アーティスト」兼「プロデューサー」そして「経営者」として活躍されています。

 アーティストが経営者というのは「新しいな」と感じるのですが、アーティストから経営者というのはどういう経過だったのでしょうか?

 また、一時代昔は東京が中央にあって、そこから全てが配信されていた時代でしたが、社会の構造もだんだん変わってきたような中で、三浦さんのように、アーティストとして経営者として、地方から全国に発信しているような人は全国のいろいろな町にいるものですか?

(三浦氏)
 始まりは、僕らがHIPHOPというジャンルの音楽をやっていたことです。活動をするうちに「CDを出したい」から始まって、「出し方がわからない」と次から次に問題や課題がでてきて、全部が全部わからないまま、なんとか実現に向けて一個一個問題等を消化していった結果、今に至っています。

 僕たちが仙台で活動しているのは、仙台が好きという事と、なにかと便利だからです。放送局がたくさんあり、それに伴いプロデューサーやディレクターの方もいらっしゃる。いろいろチャンスが広がっているからだと思います。ただ、音楽じゃなくてもそうだと思いますが、根本的に「ものが良くないと売れない」。どこであろうが、良いものはどこでも必ず光ります。僕には仙台から全国で勝負していく仲間がいますし、自分の力を信じていましたので、仙台に残り、拠点を置きました。

 小田和正さんとコラボレーションしたのは、今年の5月でしたね。
 私としては、「どういう経緯で小田さんと一緒にお仕事をしたのか」が個人的に非常にお聞きしたいところなのですが。

 どこの放送局に行っても同じ質問をされます。僕も同じ立場だったら聞きたいと思います。僕が小学校の時に、ドラマの主題歌だったのですが、小田さんのヒット曲「ラブストーリーは突然に」がきっかけで大好きになり、「いつかどこかで」を聞いた時に曲を聞きたくて、映画を2回自転車で見に行ったこともあります。このCDを出す時に、サビを誰に歌ってもらうかを考えた時に、「どのアーティストさんだったらこの曲をきっちり歌い上げていただけるか」を考えた結果「小田さんとやらせてくれ」とメンバーに相談しました。メンバーはOKで、それをHUDSONさんに報告したら、「君たちは何を言っているんだ」と呆れられました。1stアルバムが今では15万枚くらいまで伸びていますが、そのくらいの数字だと、小田さんのような大先輩では当たり前ですから、ましてHIPHOPということで多少止められたんですが、小田さんと直談判しました。お忙しい方だったので最初は断られたのですが、「曲を聴いて決めて欲しい」とお願いし、2回目の直談判したところ「いい曲じゃない、やろうよ」と気持ちよく引き受けてくださいました。

 ありがとうございました。

 これまでは、みなさんの現在の活動状況、プロフィールという形でご紹介いたしました。

 これからはそれを踏まえ、仙台とみなさんの活動についてお話していただきます。仙台にこだわらずお話していただいて構いません。

 みなさんは、仙台に住んで仙台を拠点として活動しておられますので、その話から入りたいと思います。その後、なるべく広く展開してもらえればと思います。

 「楽都」という言葉が最近盛んに使われておりますが、仙台は音楽の町という事で非常に力を入れてキャンペーンが進められていますが、それと皆さんの活動の接点についてどのようなものかと伺ってよろしいでしょうか?

(千葉氏)
 それでは、私から「音楽の町である仙台がどういう歴史を積んできたのか」をお話しいたします。仙台の音楽シーンの画期的な出来事は進駐軍が仙台に来たことでした。GHQが駐留する時に、そこに米兵の福利厚生施設も作られ、そういう福利厚生施設のクラブでジャズを演奏するミュージシャンが地元から選ばれました。その中には、山形から出てきてキャンプで演奏していた高橋達也さん。この方は後に仙台のミュージシャンを伴って東京に出て行って東京ユニオンを結成し、日本トップのビックバンドを作られました。松山町出身のフランク永井さんなども仙台の米軍キャンプをスタートにしておられました。米軍は昭和32年までいまして、その後はダンスホールやキャバレーが乱立します。キャバレー一軒があると、バンドミュージシャンが30人はおり、そういう所が10から15箇所ありましたので、当時仙台にいたジャズミュージシャンは、300から450人はいたことになります。それがどうなったかというと、バブル崩壊のころまで仙台は持ちこたえていたんですが、その後にキャバレーなどの演奏する場所がほとんど無くなってしまい、ミュージシャンは行き場所を失ってしまったんです。その少し前に、ジャズ喫茶が隆盛を極めた事も大きな影響を与えました。実はジャズ喫茶は、ジャズにとってはいい面と悪い面があって、ジャズ本来の醍醐味は「同じテーマを同じメンバーでやってもいつも違う」という事なのですが、生演奏じゃなくジャズ喫茶でレコードを聞くようになると、ジャズミュージシャンの演奏する機会が大幅に減ってしまいました。しかし、フランス革命で宮廷料理人が革命後に街場に散ってレストランを始めて、フランス料理の隆盛につながったようなことが仙台でも起こりました。300から450人いたプロのジャズミュージシャンが一斉に職場が無くなった時に、その頃ちょうど榊原さんがやり始めた定禅寺ストリートジャズフェスティバルなどが始まりました。アマチュアとして出ている人に、すごくレベルが高い人がいて、聞いてみると、実は昔プロでやっていた人というのがすごく多くて、今のジャズフェスティバルの流れになっている。ただ、一番隆盛を極めた時の人数の10分の1になっている。それがジャズの現状です。

 そういう歴史があるという話は伺ったことがあります。ただ、アメリカなどでも、ジャズミュージシャンがみんな、決して食えているわけではなく、アルバイトをしながら演奏してCDを出している。ちょっと、日本とアメリカと状況が違うかもしれませんが、仙台音楽シーンのそのような状況をお話いただきました。
 鈴木さんは、いかがですか、仙台に来たときはどんな状況でした。

 僕は山形の出身で、22歳くらいに仙台に来たのですが、当時からクラブもたくさんありましたし、仙台は「レゲェの町」というイメージが強かったです。その後、クラブミュージックというのが90年代初頭から日本各地に飛び散って、そういう流れの中で仙台のクラブも活気付いたし、「今と比べても遊び場があった」とすごく感じました。今は、クラブというと皆さんあまりいいイメージが無いと思いますが、決してそのようなことはありません。例えば、祭の盆踊りとかのように、人は必ず「踊りたい」という欲求がどんな世代にもあると思いますが、外で踊ることに今の若い人たちは、「恥ずかしい」ということがあると思うので、そういう場所を無くしてしまうのは、果たしてどうなのかと思うんです。そういう所を無くすのを、僕は無くして欲しくないし、そういう遊び場で得るものがあると思います。

 そうですね、遊び場は大人が考えると、どうしても健全な遊び場しか認めないところがあるんですね。学校なんかでも、新設されると、明るくて見通しが良くてきれいな学校が増えている。一見良い様に思うんですが、「子供たちはいつも大人の目が届くところでだけ遊んでいたのでは、決して良い育ち方をしない」と僕は思っているので、大人の目の届かない場所を作ってやったほうが良いと思っていました。今そんな感じで鈴木さんの話を伺いました。

 三浦さんは、最初にCDを全国展開しようとした時に、大手レコード会社でない「HUDSON」をあえて選んだのは、どういう思いがあってのことだったのでしょうか

 大手レコード会社ですと様々な面において影響力を持っていると思います。僕は「ただの1アーティスト」としているのであれば、大手レコード会社の下で、自分の作り込むもの、歌うもの、表現するものに専念して後は会社にお願いするのが一番だと思います。ですが、事務所の運営やプロデュースもしているので、誰が何をして、どういう権利を持っているなど、運営やプロデュースに役立つものを一から勉強したかったので、あえて、レコード会社ではなく、新生レコード会社HUDSONさんと、業務提携することを選びました。

 表現者でありプロデューサーである鈴木さんが、大衆に向かって活動なさっている中で、感じている手応えというものはどうでしょうか。

 手応えですか?手応えは全く無いです。無いというか、現状がとても厳しい状況で、CD業界全般の売り上げが落ち込んでいます。例えば、この前韓国で聞いたら、「CDだけを置いているショップはほとんど無い」と言われました。実際韓国は、CDでなくて別なもので聞けるインタラクティブ(配信)の環境が世界トップレベルだったりするので、そういった状況のようです。日本もこれからそのような方向なので手応えはつかめなくなっていくと思います。

 まさに、音楽業界だけでなく、全ての業界がそういう方向性を持っているかと思います。私の知りうる範囲では、出版業界なんかに関しても、大手が悲鳴を上げている中で、リトルプレスといって、個人が出版をして流通経路を自分で見出すようになっている。そんな状況と音楽状況は似ているのかもしれません。
 

出演 
千葉 富士男 氏  ジャズライブハウスCrosbyオーナー
鈴木 真一 氏   forestnauts records代表
三浦 裕典 氏   NO DOUBT tracks代表
コーディネーター 
榊原 光裕 氏    音楽家、ピアニスト

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by crosby2 | 2009-06-01 21:09 | 散文
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出演
千葉 富士男 氏  ジャズライブハウスCrosbyオーナー 
鈴木 真一 氏   forestnauts records代表
三浦 裕典 氏   NO DOUBT tracks代表
コーディネーター 
榊原 光裕 氏    音楽家、ピアニスト
1の続き............

千葉さんは、そういったミュージシャン、クリエーターがいる中で、これからどう変わっていくと思いますか?

 音楽というジャンルでは同じ土俵ですが、お二人と全く違うジャンルなので一概には言えませんが、一つ言えるのは、音楽を含めたアートでご飯を食べていくのは難しい時代です。ジャズシーンでは、昔は毎日いくつかの仕事を掛け持ちしてさばいていました。ですから、昔のジャズミュージシャンは、普通の人の年収の何倍も取っていた人がいるんですが、今は何分の一に激減してしまった。企業が苦しくなると、何を一番先に削るかというと、遊興費等なんです。その一番に削られているところに、音楽に限らず、とても優秀なアーティストたちがいっぱいいるんです。そういう意味で今必要なのは、人材を発掘して、教育して、マネジメントして、売り出すという「A&R」と「アートマネジメント」を出来る方の育成が急務だと思います。先ほど、三浦さんはディレクターとかプロデューサーの方がたくさんいるとおっしゃったけども、そういう職業の実態もアメリカと日本は大きく違っていて、アメリカはディレクターとか、プロデューサーとかの職業分類が、きちっとしていて、越権行為が許されないんです。その代わり、「その職業でいれば食いっぱぐれが無い」ということがきちんとされている。仙台のような地方では、われわれがプロモートする時に、さっきみたいな人材発掘、A&R、アートマネジメント、プロデューサー、ディレクターを全部一人で、一つの会社でこなさないといけない。それは、実はその一人がいなくなるとその部分が無くなる事とイコールになってしまいます。アメリカのように職業分類がしっかりしていると、その部分がなくなっても、後ろに控えている人たちがたくさん養成されていますので、一人がいなくなっても大丈夫。そういう意味では、アメリカが全てではないですが、システム上の良いところは取り入れるべきだと思います。

 鈴木さんは、本日パソコンをお持ちのようですが、データで教えていただけることがあるのでしょうか?

 これは、イギリスの音楽業界のニュースなんですが、「新たなビジネスモデルで売り上げを増やす」というタイトルのニュースです。内容は、グッズやツアースポンサー契約を含むアーティストとの多角的権利契約の売り上げが伸びているというものです。どんどん加速度的にCDが売れなくなっていく中で、CDを売るだけでなくて「人の顔を見る」という接し方が大事になってくるということで「これからこういうものも参考にしていかなければいけない」と思いました。実際にレコードが売れないけども、実はライブの興行収入がすごく増えている。これは、仙台とか東京とかに限らず、この業界にいる人全てに関わってくる問題だと思っています。

 三浦さんは、いろいろな情報をネットで配布することが増えていると思いますが、そういったネット環境と、自分の活動というのを、対比して考えることがありますか?それとも、当然として、活動を始めた時から当たり前にある環境として、とらえられてますか?

 僕自身はアナログなものであまり得意ではないのですが、スタッフがそういうものに長けているというのがありまして、ブログ、着うた配信のサイトなどを作成しています。その一方、インディーズ時代から、ストリートプロモーションといって、街頭でチラシを配ることをやっています。先ほど鈴木さんもおっしゃいましたが、やっぱりライブ公演が盛り上がりますし、グッズとかもよく売れますね。デジタル化になる中、エンターテイメントはアナログなものが売れていく、という傾向があるというのはよく聞きます。

 僕は、CDが売れなくなった要因の一つに、著作権者を無視した違法ダウンロードがあると思います。僕は事業を始めたばかりなので、なんとか打開して自分たちの持ち味を生かして、自分たちの商品を買ってもらうように動いていかなければと日々思っております。

 配信もそうですが、情報の共有化というのは、私たちがどうすることも出来ない流れのようなもので、それはおそらく加速度を持って進む方向でしょうし、その中で、おっしゃるように、違法行為も決して減りはしないでしょう。

 千葉さんはいかがでしょうか?音楽業界に限らず社会がどのように動いていくと思うでしょうか?

 仙台は他の都市から比べると、街の賑わいがすごくある街だと思います。ただ、そこで生きる人たちが、他の街からみて「あそこはいい街だ」と思われるのと、自分たちが生活していく中で、「ほんとにいい街なのか」と疑問を感じているところがあります。先ほど、楽都仙台とおっしゃったように、一年を通じて仙台では音楽イベントがたくさんある魅力的な街ですが、あるイベントはどういうわけか地元のミュージシャンがすごく少ないので、もっと地元のミュージシャンも使って欲しいと思います。そういう人たちを継続して使うことで、10年後20年後にその人たちが必ず成果をもたらすと思います。

 後は、私が思うに、仙台の今の賑わいがあるというのは、行政、民間、行政、大学、NPO、様々な人たちが様々なことをずっと発信し続けているから今の賑わいがあると思います。例えば、企業城下町のような形態だと、その企業や業界が衰退するとその街は死に街になってしまう。だから、そういう施策は間違いだと私は思います。街の賑わいというのは、様々な人たちがモザイク的に折り重なって、そのモザイク的な発信を続けることで創造される。そういうことから言うと、仙台市や宮城県は、そういう意味のバックアップは続けてきたんだと思いますし、すごく期待しています。

 鈴木さんはどうですか、これからどう展開していくと思いますか

 そうですね、千葉さんがおっしゃったとおりのことだと思います。あと、仙台に限った話ではないと思うんですが、特に仙台とか東北の人間は、東京を崇めるようなところを強く感じるんです。大阪とか京都、博多、沖縄などは、「地元のアーティストをバックアップしよう」というのが個々のレベルである。ところが、仙台とかでは「東京で活躍しているアーティストがアーティスト」であって「地元のアーティストはアーティストでない」ように思われるようなシーンが多々感じる部分があるので、まずは、個々の改革というのがなされないといけないと思います。例えば、沖縄で売れて、東京に来て、全国で売れるケースというのはたくさんあるわけです。そういった感じ、そこから始まらないと。例えば、僕は、よく「仙台の音楽シーンってすごいですよね」といろんな所で言われるんですが、僕は「いや、別に何も無いです」と答えています。例えば、バンドとか、ミュージシャンとかはいますが、仙台の音楽シーンがとても完成しているかというと、決してそんなことはなく、頑張っているのは個々なんです。横のつながりが全く無い。僕は、「今回こういうイベントに是非出たいな」と思ったのは、正にそういうところで、いろんなジャンルの人たちがきちんとつながっていかないと、仙台の音楽シーンというものが強くなっていかないと思うので、こういった機会をたくさんいただければ「自ずとムーブメントとかは大きくなっていくのではないか」と思ったりします。

 鈴木さんと一番最初にお電話でお話した時に、鈴木さんがおっしゃったことで印象に残っているのが、「僕はもう仙台じゃなくてもいいと、最近思っているんです」とおっしゃったように思うんですが、それはどういう意味だったのでしょうか。

 それは、別に仙台が嫌いというのでは全くないんです。むしろ仙台が大好きで、例えばベガルタ仙台ですが、僕はシーズンチケットを持っているくらい大好きなんですね。「仙台を愛しているからこそ、言わせていただく」という感じです。やっぱり、最初に言ったとおり、音楽を作る環境というのが、自分の友人とかの小さいコミュニティの中で作ることが出来る世の中になっているので、どこでも制作できる環境があるわけです。実際に住んでいる場所での恩恵とかを感じない限り、「仙台だろうがどこだろうがどうでもいいのだろうな」ということです。

 三浦さんは、プロフィールには「仙台を拠点に」とありますが、仙台はどういう位置づけですか?仙台にこだわっていますか?それともたまたま仙台なのか、仙台というのは重要ではないのか?

 今は特に仙台に動く気もありませんし、ここにこだわってやっていくという気持ちです。こちらから、仙台といわず東北のアーティストを全国に向けて発信していく自信もありますし、仙台も東北も音楽では素晴らしい感性をもっている人材はたくさんいます。そういう面からもメディアの方に対しては「今から音楽で勝負をかけよう」という子供たちに対してのチャンスをもう少し与えていただきたいと思います。そうでないと、いくら僕らが人の前でお話させていただいても良くならないと思います。素晴らしい人間はたくさんいるのですから、発表するステージであったり、仕事に出来るチャンスというものをいっぱい作ってあげて欲しいと思います。

千葉さんも思いの丈をどうぞ。

 世界に出る上で「仙台が、仙台が」としゃしゃり出るのではなく、世界に打って出る東北のコアとして、中心を担えばいいと思うんですね。東北というくくりでみると、デンマークやスウェーデンの一国のGNP、GDPに匹敵します。ですから、東北が後々独立国家としてやっていってもできるくらいの要素をもっているんですね。先ほども言いましたが、地方だから、仙台だからということではなく、一つのコミュニティのコアの部分を仙台が担うべきだと思います。それを、「行政でやれない部分は民間で」「民間でやれない部分は行政で」というように、お互いに担うということが必要だと思います。

 今日、この異なるジャンルから集まっていただいたみなさんの熱い思いを語ってもらったのですが、最後に、質問というか一言みなさんからいただきたいと思います。

 今回は、「仙台」ということが、テーマとして、いろいろと語っていただくことが多かったのですが、人が集まって組織するものは、街に限らず「生き物のようだと」私は思っています。人と人が交わることで、変幻自在に変わっていく要素があって、構成する人の関わり方によって、どのような方向にでも変わっていけるはずなのに、ひとつの方向性に行ってしまう。そんな感じを、いつも中々変えられない部分もあって、そういうことで生き物のようだと感じることがあります。

 仙台という街も、一つの生き物として「これからどう生きていくのか?」ということを、分子である我々が行動していくことで、仙台という生き物が徐々に変わっていくのかもしれないと思います。ゲストの皆さんに、仙台が言う事を聞くことが出来る生き物として、「仙台に言いたい一言」というのを皆さんに伺いたいと思います?鈴木さんどうですか?

 そのお話をミーティングの際に伺ってからずっと考えたんですけど、正直まだ分かっていないというか「なんなんだろう」と思っているところです。僕自身東北人だからそうかもしれないと思うんですが、「コミュニケーションをもっとうまく出来ないのか」と常に思います。とにかく、いろんな人の話を聞いたり、いろんな人の話と話をするということはとても大事なことで、僕にとってその積み重ねが今になってこういう仕事をしているということだと思います。そういうわけなので、いろんな人とコミュニケーションをしっかりとって欲しいと思います

 千葉さん、仙台に一言お願いします。

 先ほどあるイベントについて、批判的ととられるような発言をしてしまったのですが、その一方、本物のアーティストを実感するという意味では、子供たちや我々にとっても、大変必要なイベントというのは確かなんです。その上であえて言うと、地元を使っていただきたいということになります。仙台は今、若者のクリエーターを育てる学校がすごく乱立しています。その学校を出ても、専門的な知識を生かせる職場がすごく狭き門です。そういう意味では、人材は豊富にあるので、是非地元の人を活用していただきたい

 三浦さん、最後になりますが、仙台に一言お願いします。

 僕はこれからも走りますが「仙台よ、一緒にやってくれるのかい?」と言いたいです。

 以上、クリエイティブカフェ仙台 レポートVol.1でした。
出演
千葉 富士男 氏  ジャズライブハウスCrosbyオーナー 
鈴木 真一 氏   forestnauts records代表
三浦 裕典 氏   NO DOUBT tracks代表
コーディネーター 
榊原 光裕 氏    音楽家、ピアニスト

(担当:仙台市文化振興課 TEL 022-214-6139)
企画市民局文化振興課
TEL:022-214-6139
E-mail:sim004120@city.sendai.jp
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by crosby2 | 2009-06-01 21:08 | 散文