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仙台の人と街を応援する企業家組合


by crosby2
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<   2010年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

1870(明治3)年のこの日、1月27日は太政官布告第57号の「商船規則」で、国旗のデザインや規格が定められた。それまでは、船によってまちまちのデザインの旗を使っていたそうです。
私が小さい頃には祝祭日にはどの家も国旗を掲揚してました。
いつから日本は国旗 国家を蔑ろにするようになったのでしょう?悲しむべき事態です。
祝祭日には家庭でも職場でも国旗を掲揚しよう。

自分の国の国旗国歌を学び、愛し、敬う気持ちに憚る事なかれ。

占領下において、日章旗の掲揚禁止がなされた記憶をお持ちの先輩たちは
どんな気持ちでいたのだろうか。時は軍国主義が開放された、まさに民主的な風潮であったろうから、この事自体に もしかすると違和感は感じていなかったやも知れません。
ましてやこの旗のもと戦時下にあっては多くの日本人が尊い命をなくしましたから。
この政策は米国の日本に対しての骨抜き政策の一環のひとつの政策であると私は感じています。

1945年、連合国軍総司令部(GHQ)の指令により日章旗の掲揚が原則禁止された。この間、商船旗としては国際信号旗のE旗に基づいた旗が代用された。祝日に限定した特例としての日章旗掲揚許可を経て、1949年より日章旗の自由掲揚が認められる。

日本の歴史においては外国に対して、日の本 日の出国と自らが名乗り
そして、多くの国主がこの旗を掲げて外交に挑んだ歴史があります。

今一度、国旗国歌を自らに問いただす 良い機会となりました。
今日 1月27日は国旗制定記念日です。

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by crosby2 | 2010-01-27 01:39 | 演奏派遣
1月23日はクロスビーの歴代のバンドユニットでも珍しい顔ぶれでした。
2曲ほどしかアップ出来ませんが、どうぞお楽しみ下さいませ。

サックス 安達理慧
ドラム  熊谷清記
ギター  村上紀彦
ベース  佐藤弘基

なお、どちらの演奏もYutubeの規格外で、通常のサイトとは異なるサイトでのUPとなり
以下のサイトにてご覧下さいませ。


Crosbyの演奏風景スペシャルユニット動画はこちらへ①
Crosbyの演奏風景スペシャルユニット動画はこちらへ②

■佐藤弘基 Bass
 岩手県江刺市出身。大学在学中に仙台で活動を始める。有名ジャズスポットを始め、多数のライブ、コンサート、レコーディングに参加、又中央のミュージシャンからの指名も多い。現在は江刺市に在住。

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by crosby2 | 2010-01-24 18:21 | 動画 演奏風景

送別会

佐藤功二シェフの送別会が行われた。
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深夜に参集された方々により送別会が開催されました。
佐藤功二さんとパートナーの方の前途を祈念し大いに盛り上がり
大変良い会となりました。
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by crosby2 | 2010-01-21 23:50 | Player&Staff

高野さんは

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いつもおいでの高野さんは、嬉しそうにドラミングして
音楽を音楽として楽しんでドラムを叩いておられる。
その演奏スタイルや演奏そのものをお聞きしていると
普段から練習しておられるのだろうなと、感心している。

音楽とはこうありたい、という見本のような楽しみ方である。
そのドラムを叩く姿は、何ともかっこいいではないか。
見習いたいものである。
仕事も趣味も充実しておられる様子が感じられ
私たちの目には
男としても格好良く映るのである。

ちなみにこのドラムはかの佐々木のえいちゃんの手作りドラムです。
そしてこのドラムを叩いたことのあるドラマーは数知れず。
大坂昌彦さん
村上ポンタ秀一さん
エディーゴメスさんと来店したジミー・コブさん以下
他本当に多数です。
何と幸せなドラムスなんだ!!
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by crosby2 | 2010-01-18 23:00 | jazzyな仲間達
新年になり訃報を耳にして、、、、、、
ジミー竹内さん(ジャズドラマー、本名竹内和三郎〈たけうち・わさぶろう〉)が12月29日、肺炎で死去、79歳。
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 「原信夫とシャープス&フラッツ」「渡辺晋とシックス・ジョーズ」などの人気バンドや自身のグループで、スイングドラムの名手として活躍した。
ジミーさんといえば11PMだ。
当時、金曜イレブンは大人の世界への道案内的な番組で、小学生高学年、中学生 高校と経てきちんとチェックしていた。司会は大橋巨泉。さすがジャズ評論家らしく、バックの至る所にジャズが流れる。しかも、生演奏だ。
番組のラストの辺りで、演奏しているバンドが映る。サラブレッズでしたけっ!!
ドラムソロ。なんとなんと皆に向かって微笑むジミーさんが。
演奏スタイルは何処でも変わらないようだ。



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日本のジャズドラマーの代表として海外の多くのアーティストと競演。もちろん、日本のトップアーティストなどと一緒に多くのコンサートやショーに出演した、写真奥は、ピアニストのテディ・ウィルソン。「Drum Drum Drum!」など、多数のレコードを出していた全盛期のジミー。(写真左)

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ジミー竹内と言えばやはり世良譲さんとのトリオや当時のキラめくスターたちとの共演が
懐かしく思い出されてならない。
しばたはつみさん 朱里エイコさん 阿川泰子さん 中本マリさん
きらめくスターたちの演奏のバックで、レミーのボトルをピアノの上に乗せてゴクリの飲みながら奏でる世良さんのピアノ ジミー竹内さんは何時もニコニコしてドラムを叩くのが印象的だ。
仙台の夜にはこんなスターたちがキャバレーやコンサートの帰りに私たちの店へ訪れて
それこそノーギャラで延々と演奏していたものだ。
呑み代は店のおごり。
偶然居合わせたお客様は大感激!!
こんな事がしょっちゅうあったものだから、お店は連日の大盛況!
今では到底考えられない時代だった。良い時代でもあった。
そんな洒落た客様が沢山いたお店が、本当に沢山あったのだ。
私の働いていたお店もそんなお店の一つでした。
本町岩本ビル地下 テキーラ
稲荷小路のキャラバンサライ
定禅寺通りCoolの最上階→栄仙堂ビルの最上階→国分町ホテルの最上階へと移動していたあの店はのは何と言ったっけ そうだチロリアンだ!

ブラザー軒向かいの地下 ピーコック
三越裏何とかビルの地下 シバ
シャルマンセントビル  デュエット
細横丁近くの二階にはグルメ
大春ビル1階のブーメラン
トラ横のナイトプラザ
ナイタービルのベルベット
シャンソニエ エル
シャンソニエ 難破船
ソワレドパリ
クラブカルダンのママがやっていたタンゴの生演奏のお店は何だっけ
生バンドが入っていた店は数多くあった。
本当にetc,etc,etc,,,綺羅星のごとく輝きを放っていたナイトクラブやジャズクラブ
そしてあの大春ビル1階 サンドリア (市立病院が今のタワービル建設前の処にあり、一番町交番が龍天江の斜向かいにあり、その斜向かいに香港ビルが有りその地下に幻のサンドリアがあった。
その後、ブーメランの跡地に移転)
お店の中では毎夜毎夜大物たちの競演が繰り返されていたっけ。
あの仙台の◎親分 そのお隣が副知事から転出した市◎さん そのお隣が一番町の大物時計屋さんのあの方 そのお隣が俳優の石坂◎◎さん そのお隣が歌手の細川た◎しさん そのお隣が愛◎代◎士
そのお隣がデパートの御曹◎ その隣が中央◎の◎長さん そのお隣が駅前の仙◎ホテルのオーナー そのお隣が宮城県知◎ そのお隣が一番町の仕掛けで有名なお茶◎さん そのお隣が歌手の◎陽子さん そのお隣が競輪の中◎さん ゴルフ 世界の青◎さん
数えきらないキラ星達
そんな25年 いや30年前の昔が思い出される ジミー竹内さんの急逝の知らせでした。
ご冥福心よりをお祈り致しております。
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by crosby2 | 2010-01-15 00:06 | jazzyな仲間達

鏡開き


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鏡開きで磯辺餅
刃物で切るのは良く無く、木槌で叩き、開くのが良いらしい鏡餅!
今日、お店でも 磯辺餅にして頂きました。
近頃の鏡餅はパックに入ったものが主流で
勿論カビが生えたり、ひび割れたりすることが無く
割った餅のカビ取りがこの日の子供の手伝いだった頃が懐かしい。

お汁粉仕立てや揚げ餅、雑煮に磯辺餅 オロシ餅 きな粉餅
仙台の小正月行事 どんと祭が明後日あり、
松飾りを焚くことで一年の邪気を払う。
裸参りの寒さは格別で、終わった後のお風呂と直会が楽しみである。

鏡開きとどんと祭が終われば正月気分は終わる。
祭りのあとは常に物悲しさが付きまとう。

近頃では店舗の軒先に松飾りをする店が極端に減った。
車の松飾りにいたっては本当に少なくなった。
季節感や日本人としての宗教観、自然観の大切な部分が失われて行くことに
祭りのあとの物悲しさ以上に危惧を感ずるのは私だけだろうか。


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by crosby2 | 2010-01-12 23:42 | 散文
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ミスターブラウン バンドが帰ってきた!!
あの名演奏が帰っくて来たー!!
10日はミスターブラウンスペシャルバンドのライブが開催された!!

   出演は ブラウンマスター(ベース)
       橋やん(ドラムス)
       武ちゃん(ピアノ)
       高見さん(ギター)
       まゆみさん(ヴォーカル)

お客様はもちろんだが、一番興奮してたのはミュージシャンたちである!!
そのライブを確かに目撃した25人の幸運の持ち主たちも皆興奮状態だ!!

アンコールが鳴り止まない夜が続いた!!

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by crosby2 | 2010-01-10 20:54 | jazzyな仲間達

七草粥

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今日は正月も七日で、七草粥を美味しくただきました。
ホテルメイド Crosbyメイド 自宅メイドの三種類を食す機会に恵まれました。
お正月の胃の疲れを癒してくれる、なんともほのぼのしたお味!
美味しかったです。
皆様はどうでしたか?食されましたか?
3日には三日とろろを食しました。

そろそろ正月気分もおしまいでしょうか!

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by crosby2 | 2010-01-08 01:30 | 散文

シェフ佐藤功二は、、、

長い間お世話になっていた シェフ佐藤功二は、、、
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このたび クロスビーを卒業し 東京に修行の旅に出ます。
繊細なタッチの料理と、テレビでも紹介されたほどのイケメンぶりで
人気でした。
大変Crosbyにとっては寂しいことなのですが、
シェフの更なる飛躍を期待して
送り出そうということになりました。
1月20日(水曜日)までとなります。
何卒宜しくお願い申し上げます。
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by crosby2 | 2010-01-04 23:34 | Player&Staff

魅力的な坂本龍馬は

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今年の1月3日にBSジャパンで「龍馬の暗号・最後の手紙隠された謎!?」が放映された。
加治将一氏の『あやつられた龍馬』(祥伝社)を基とした番組らしい。

フリーメイスンが裏で暗躍しているように書かれているそれは大変興味深く、その後の三菱創始者の岩崎弥太郎やグラバー邸を三菱が買取った事を考えると面白い符号です。 新しい着眼点は、イギリスの商社や対極東政策にかかわる外交という線からの目線である。 英国公使はパークスは、彼が武力倒幕の勢力と、坂本竜馬が象徴する平和的政権移譲を企てる一派という異なる両派に対していい顔をするダブルスタンダードで、日本側に接触していたという点が新しい説として大変興味深い。

イギリス側のエージェントとしてトーマス・グラバーと、アーネスト・サトウが脇を固めるが、その日記は膨大でそれらを読み解き時系列で事件や出来事と符合させる点が大変面白い。
グラバーは竜馬に接近して、どちらかというと平和的な政権移譲側に付いており、サトウは武力倒幕派に付いていたという説も日記からの引用で良い視点であると想う。 サトウはパークスの通訳という立場であったが、武力倒幕派を手駒として使っており、彼は日本を内戦状態に陥れようとしていた、というのはあながち嘘ではなさそうなのである。 それは、直接的にイギリス製の武器を売りつけて、利を挙げることであり、間接的には、分裂した日本をあやつることのほうが、統一されている日本をあやつるよりも容易だからである。
東インド会社との共同歩調でこの戦略は中東あるいは中国を含む極東インドを植民地化していくさいに使ったイギリスの手口である。
唯一日本だけが無血開城という離れ業をやって、国内の統一を守り、列強のつけ込む隙を与えなかったことが、植民地化を免れた大きな理由であったと想われるのだが、 勝海舟を中心する開明派の意図する構図での政権移譲となったわけだ。
勝海舟の側に、坂本竜馬、そして西郷隆盛がいたことが日本を救ったのかもしれない。 そして、大久保利通や岩倉具視をはじめとする武力倒幕派は日本を危うくすることを紙一重の差で救った立役者だが、 しかしながら、大久保や岩倉らが明治政府の頂点に立ったことで、坂本竜馬らが夢見ていた日本は実現できなかった、とも言えないだろうか。
坂本竜馬の暗殺によって利益を得た者は、大久保らであり、西郷隆盛は、その後、失脚していくことになる。 この暗部にこそ、現代日本の現状につながる特殊日本的なる部分が潜んでいると思える。
つい先ごろまでの日本の政治や官僚機構の中に薩長閥が厳然の支配力を保ち、永らえてきたこと、ここに日本的な抑圧権力が潜んでいる。しかも、国民の多くはそれを消極的に肯定している。 だれもが知っていることであるように想う。
勝海舟、坂本竜馬たちに見えていたものが、現代の政治家の多くには見えなくなったように思えてならない。

アーネスト・サトウの『一外交官の見た明治維新』を見ると、この男が日本人を小馬鹿にしている文面が多く所在する。 サトウは竜馬と土佐藩の夕顔丸で会ったことがあり、彼の日記では、竜馬と激しく対立し、竜馬を悪魔のような恐ろしい顔したと記している。
それは、1868年(慶応3年)8月6日か7日のことであり、その年の12月10日に竜馬は暗殺された。 武力による倒幕を進めたいサトウにとって武力倒幕の邪魔になった竜馬は生きていてはならない存在となったことは間違いない。 これが同番組が、加治氏の新主張を通して示す、竜馬暗殺の真相であった。
この推理が正しいかどうかは今となっては曖昧模糊だが、中岡慎太郎説は斬新だ。
竜馬という人物が好きな多くの日本人は、他の説で納得するのであろうが、私はこの説が面白いといえば語弊があるが納得の説である、と言う事は確かである。

竜馬が暗殺されたという事実はその後の日本の政治にあっては黙殺されていた。
暗殺や経緯、主犯の説の多くは伝聞や意図的な操作、或いは小説をモチーフとした説が通説として語られて入るが、そのどれもが今回の説は異なる視点で語られている。

開国と経済、植民地と覇権。イギリスの視点観点ばかりではなく、オランダや米国の視点と記録、事実と証言を基とすれば、今幾許かの事実としての史実が垣間見えてくるやもしれない希望を旨に、たった140年前の歴史が戦勝の藩や軍、関係者の視点ばかりではなく語られ、本意として事実として知るのは現代を生きる我々の使命でもあり、念願でもあり未来への資産となり得るのではなかろうか。
そんな事を考えると、この加地将一氏の視点と切り口は面白い、興味深い符号として語られるであろう。仮に、エンターテインメントで、あろうが、、、
本文はBlog等からの引用に独自の解釈を加筆したものです。
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坂本龍馬の墓   護国神社   京都市東山区
坂本龍馬と中岡慎太郎の墓は、隣り合って並んで立っている。向かって左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎である。
加地将一氏の説が本当ならば坂本龍馬はいま、何と想うのだろうか。自分の墓の隣に自らを死に至らしめた張本人がいるのだから。
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by crosby2 | 2010-01-04 00:29 | 散文